小説

□彼は人魚を殺めた
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真ちゃん、俺さ、前世は人魚姫なんだと思うワケよ。





また、突拍子も無いことを紡いだアイツは悲しそうに、そして何か期待の色を込めて俺を見た。
だからどうした、正直、俺にはどうでもいい情報じゃないか。

「だから、どうしたというのだよ」

或いは、どうして欲しいと言うのだ。


至極どうでもいい話題には違いなかったけれど、ほんの気紛れでアイツの話を聞いてやる事にする。俺の机に座っていたアイツは、何故か自分の椅子を持ってきて俺と相対する形で座り込む。
長話になるのだろうか、あぁ、面倒な事になった。態度に出ていたのか、そんな思考が読み取れたのだろう。苦笑しながら「手短に終わらせるから!」と言う。なら、話さなければ良いのに。


「人魚姫ってさ、王子様に恋するじゃん?」
”あぁ大前提として、真ちゃんが王子様ね?”

勝手に話し始めた自称人魚姫の生まれ変わりなアイツは、椅子を前後にグラグラさせながら続ける。人魚姫はそんな不躾なことはしないだろうに。
俺は明後日の方を見ながら話を聞いた。あぁ、面倒だ。

「でさ、人間になるじゃん。舌を切ってさ。痛いと思わない?愛が深いよねー…あぁ、俺の真ちゃんへの愛も負けてねぇよ?


…えー、で?あぁ…王子様に拾われるじゃんね、で、まんまと似てる女に王子様を寝取られる訳ですが!大まかにしか覚えてないけど、姉達に渡されたナイフで、恩を仇で返した王子様を殺すか、泡になるか選ぶじゃん。
ここですよ、高尾ちゃんの思っているところ!引っかかっているところ!」


あぁ、そうか。と相槌をうつ。
目の前の男は熱心に語っていると言うのに、周りが見たら凄い温度差じゃあ無いだろうか。そう思い辺りを見渡すものの、自分達の事を気にしている奴なんかはいなかった。
それにしても、今までの下りに意味はあったのだろうか?人魚姫の生まれ変わりという、本題をも見失っているような気がする。


「…なんで、そのナイフで王子様を奪った憎い女を殺さなかったのか。ってさぁ」



それは、酷く冷たい声だった。





「心優しい人魚姫様でもさ、あったと思うのね…そういう気持ち。
だって、舌まで犠牲にして、痛い足で歩いて、王子様に会いに来たってのにさぁ…?理不尽極まりないぜ。マジ、


でも、俺さ。
人魚姫の生まれ変わりだからさ?真ちゃんもあいつも殺せないわけ。俺が泡にならなきゃ…。
好きだから、真ちゃんが。あいつの事は憎いよ。俺から真ちゃんを奪った。あいつ、あいつが…!」


ひとしきり怒ったかと思えば、高尾はゆっくりと立ち上がった。
まるでスローモーションでも見ているようだ、と思った。
あまりに綺麗で、見入ってしまっていたのだ。笑顔に、…笑顔?
高尾は笑っていた。今まで見たこともないような、綺麗であり、どこか狂喜を孕んだ目で。


「あぁ、この方法があった。

これだ、今まで思い付かなかったんだろー?
すっげぇ良い案じゃん幸せになれる」


あぁ、訂正。

やっぱり俺、人魚姫の生まれ変わりじゃないかも。


至極当然のように。忘れ物をしたとでも言うように。
笑顔のまま飛び出した高尾を止めることは出来なかった。
向かうなら、屋上だろうか?あいつが行く所なんてたかが知れている。


止めなくて良いのか?



…止めることは出来ないのだ。
あの話を止めなかった自分も、共犯なのだから。


心の中で自問自答しては、ふぅ…と溜息をついた。
数秒後、窓の外を高速で落ちていく見知った”モノ”が有ったが、ぐちゃりと嫌な音が此処まで響いた、ざわざわとしている雰囲気も、この際気にはしない。アイツがそう決めたのだ。留める権利は自分には無いのだ。


学校中が騒がしい。
携帯を開けば、待ち受けにしていた屋上で無理やりあいつと撮らされた、もはや最後になるであろうツーショットがあった。
もう、これを拝むこともない。結局、俺はあいつの事を好きだっただろうか?


好き、だったのだろう。確証はない。



だが、アイツには、負けるのだ。



「さようなら、だな***」



後ろで焦ったようなアイツの声が聞こえる。名演技な事だ。多分、誰もアイツの事を疑うことなく、事は収まるのだろう。



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俺は安心したかのように携帯を閉じ、事件の混乱を見守ることにした。

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